11/22/15

住まいを悪乗して買った自分への天罰と後悔。

住宅ローン返済が遅れて、最初の数か月はなんとかボーナスやアルバイトの臨時収入で補っていましたが、半年もたつとそれでも間に合わなくなり、ついに任意売却を考えるようになりました。

友人に相談したところ、「いまなら物件も新しいし、高値で買い取ってくれるのではないか」ということでした。

私が住んでいるのは宮城県仙台市で、実は勤めている会社(IT関係)の好景気に悪乗りして、気軽な気持ちで戸建て住宅を購入してしまったのです。

東京に私の本宅があって、長期の単身赴任をしていた私は、「この仙台市の住宅は投資用物件に」と考えていたのです。

妻や家族からの同意もあったので、けっこう物件購入まではとんとん拍子にいきました。

仙台市内の物件情報はそれなりに充実していて、その中でも私の住む青葉区というのは通勤に便利な良い町でした。

不動産売買には慣れていないので不安でしたが、
「任意売却なら土地の査定や上物の査定を行って、それさえ通れば希望する価格で売却できる」
というので、不動産買取の会社を紹介してもらい、その担当者に相談してみることにしました。

一介の会社員でしかない私には、「このような買い物は身の丈をわきまえない者のすること」と周囲からのバッシングもありましたが、いまとなっては後悔しても仕方ありません。

不動産買取会社の担当者からは、任売(任意売却)と競売の違いについてなどいろいろと聞くことができ、勉強にもなりました。

東北地方の割安な不動産物件と思っていましたが、住宅ローンが払えなくなると物件価格の高い安いなど関係なくなります。

悪乗りで住宅を買うなど、今後は絶対にしないと心に誓っています。

11/5/15

検索サイトで目にした物件は先輩の住宅⁉

先日、ハウスマーケットという不動産物件の検索サイトをみながら東北地方の物件をぼんやりと眺めていました。

仙台市はその昔、私がまだ独身だった若いころに単身赴任してお世話になったところで、検索しながら懐かしく、どことなく楽しく、そんな時代もあったなあという思いにふけっていました。

仙台市はとても賑やかで便利な町でした。

単身赴任の社宅から勤務先の仙台市第二営業所までは歩いて10分とかからないところにあり、社宅までの帰り道には牛タンが売りの焼肉屋さんなどが、居酒屋同然の気さくな店構えで軒を連ねていました。

普通なら、東京から地方への単身赴任は嫌なモノですが、仙台市だけは別格扱いでした。

週末になると仙台市内での飲み歩きを目的に、東京本社の人間が仲間の社宅に押しかけたものです。

私の社宅も例外なくそのような拠点になっていたのです。

ところでそのハウスマーケットのサイトを検索しているうちに、「仙台市青葉区みやぎ台4丁目」という表示の戸建て住宅を見つけました。

その住宅は、私の単身赴任の時代に、仙台市第一営業部の先輩が住んでいた住所です。
心配になって同僚に電話で確かめると、そのあたりも不景気の波が押し寄せた時期に、任売(任意売却)や競売で売却される羽目になった住宅が続出して、中古物件の供給過多になったことがあるそうです。

販売価格が落ち着いてしまった現在は買い時でもないそうですが、任意売却の物件が放出された当時は、まさに安値で買い手市場だったようです。

その物件が先輩の住んでいた住宅でなければ良いのですが、一介の会社員でしかない私たちは、安いながらも給料という安定収入が住宅ローン資源のすべて。

少し怖くもなりました。

10/23/15

都市化がすすむと競売・任売の物件が増える⁉

住宅が差押えになって、銀行と融資先の顧客が単なる“債権者と債務者の対立した関係”になり、とうとう住む家までなくしてしまったという友人の家族を、私はこの10年のあいだに、2組見てきました。

住宅ローンを滞納して銀行など金融機関からの催促に応じないと、任意売却のタイミングを逸して最終的には物件差押え、競売というプロセスを踏むことになります。

私は仙台市の出身でしたので、実家のある近くには幼なじみの家族の家もたくさんあって、帰郷したときに歩く町の風景などは、実に懐かしいものがあります。

自分が駆けずりまわっていた路地裏の様子などがそのまま残っているのを発見したときなどは、胸にこみ上げてくるものがあります。

実は差押えで競売というのは、2組ともそんな時代の、私の幼なじみの家族の住宅でした。

物件そのものは建て替えて新しくなっていましたが、その家族のお父さんが経営する会社がうまくいかなくなり、最終的には任売物件(任意売却)であったはずの事業用物件、自社ビルや工場まで差押えられ競売物件にというハメになってしまったのです。

世界的な金融危機は東京や大阪などの一大商圏都市に大打撃を与えたばかりか、遠く離れた東北地方・仙台市まで呑み込み、倒産・破産の連鎖を拡大させていきました。

その友人の自宅は建て替えて数年しか経過していなかった時期で、任意売却とはいえ多額の残債が残っていて、売却できれいに清算することはできなかったそうです。

それでお父さんが任意売却に応じず頑張っているうちに、競売へとコマがすすんでしまったというのです。

仙台市の町のあり方は、東京などとそれほど大きくは変わりません。

いわゆるサラリーマンが日中を過ごす都市であり、夜になるとベッドタウンになるようなエリアが存在します。

今後もこのような悲劇が繰り返されるのではないかと、とても心配しています。
長い住宅ローン、こんな心配も・・・年金生活者の老後破綻例~住宅ローンが払えない | お金事典

10/7/15

自殺ギリギリまで追い込まれたときの教訓。

住宅ローンの返済が滞り、自己破産や任意売却、あるいは破産などといった事態に追い込まれないような解決策はあるのでしょうか。

私は最近になって自分のあの当時の過去をそんなふうに思い返すことがよくあります。

当時の私は消費者金融とかビジネスローンの会社などからも多額の借金があって、残債務はそれだけで数百万円、住宅ローンその他の残債を足すと1億円を超えていたと思います。

中古マンションなど不動産の中古物件が好きで、仙台市に住む両親のために投資用として2物件、東京にも2軒の物件を所有していました。

1つの不動産仲介業者に決めて物件を購入していましたから、2軒目・3軒目の不動産取引となると交渉も楽で、希望額まで販売価格を下げてくれることも当たり前でした。

提携ローンの審査も問題なく通過するほど景気が良く、私の事業も順風満帆に見えていました。

しかし例のリーマンショックがあり、仙台市をはじめとする東北地方を震災が襲うなど、予想だにしない事態が次々に起こり、見通しはいっきに暗転してしまいました。

人間の見通しなど実にいい加減なものです。

そうなると物件の買い足しに同意していた銀行も仲介会社も、手のひらを返したように態度を硬化させてきました。

状況は任意売却か競売か、それとも夜逃げでもするかというところまで追い込まれ、任意売却をお願いしたときには、
「自殺なんてしないでくださいね。事故物件になると、希望価格どころか売却自体がむずかしくなりますから」
と、釘を刺される始末でした。

無料相談でお世話になった弁護士さんに自己破産と任意売却の手続き一切をお願いして債務の免責処分を受けたことで一家心中などには至らなくて済み、仙台市の家族に心配をかけることもありませんでした。

「どんなことがあっても、逃げ出さずに生きてさえいれば道は開ける」というのが、そのときの体験から学んだ教訓です。